大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成9年(ワ)1227号 判決

原告

下山市之丞

被告

藤澤千亜紀

主文

一  被告は原告に対し、金一〇七五万六〇二七円及びこれに対する平成八年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二三九一万五八六二円及びこれに対する平成八年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いがない事実及び本件請求

本件は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によって、平成八年一一月一二日死亡した下山多加子(以下「訴外人」という。)の子である唯一の相続人である原告が、加害車両の保有者であり、運転者である被告に対し、自賠法三条又は民法七〇九条に基づき、後記損害賠償金のうち請求欄記載の金額及びこれに対する本件事故の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  本件事故の発生

日時 平成八年一〇月一一日午前九時五五分ころ

場所 岡山市可知三丁目一七番一九号先市道上の信号機のない交差点

加害車 被告運転の普通乗用自動車

被害車 訴外人運転の自転車

2  訴外人の損害額の一部(合計一一〇万一三五二円)

(一) 治療費その1 八万三三五五円

(二) 治療費その2 九三万七五〇四円

(三) 金庫開錠費用 三万三九九〇円

(四) 戸籍関係文書料 四八五〇円

(五) 付添人に対する御礼代等 四万一六五三円

3  損害填補額の一部(合計一七六〇万六七一五円)

(一) 日本火災海上保険株式会社からの既払額 一七四四万七七一七円

(二) 大東京火災海上保険株式会社からの既払額 一五万八九九八円

二  争点

1  原告主張の次の損害が認められるか。

(一) 入院雑費・四万二九〇〇円

一日当たり一三〇〇円で訴外人の入院日数三三日間

(二) 訴外人の休業損害・二六万〇七一八円

六五歳以上の有職女性の平均年収二八八万三七〇〇円の三三日分

(三) 訴外人の入院慰謝料・四八万円(三三日間)

(四) 訴外人の死亡逸失利益・一六七七万二五二五円

(1) 六五歳以上の有職主婦として、平成七年賃金センサス・産業計、企業規模計、学歴計の平均年収二八八万三七〇〇円

就労可能年数は平均余命一二年の二分の一である六年(ホフマン係数は五・一三三六)

生活費控除率三〇パーセント

(2) 年金収入九九万三六九四円

平均余命一二年(ホフマン係数は九・二一五一)

生活費控除率三〇パーセント

(3) (1)の逸失利益一〇三六万二六三三円及び(2)の逸失利益六四〇万九八九二円の合計が一六七七万二五二五円となる。

(五) 訴外人の死亡慰謝料・二二〇〇万円

(六) 原告の葬儀費用・一八〇万二五八六円

2  事故態様ないし過失相殺

(一) 被告の主張

本件事故は、信号機のない交差点における加害車の四輪広路優先、被害車狭路非優先での事故であり、訴外人の過失割合は五〇パーセントが相当である。

(二) 原告の主張

本件事故は、信号機のない交差点における事故であるが、加害車の進行していた道路は道幅約五メートルであって、中央線もなく優先道路ではない。被告の左方確認義務違反、徐行義務違反の過失は著しく、訴外人の過失割合は一五パーセントを越えることはない。

3  被告主張の次の損害填補額が認められるか。

大東京火災海上保険株式会社が支払った訴外人の治療費(一2(二)の分)九三万七五〇四円

第三争点に対する判断

一  原告の損害

1  入院雑費 四万二九〇〇円

証拠(甲二、三、一一、一三)によれば、訴外人は、本件事故により急性硬膜下血腫、脳内出血、脳挫傷、両下肢脛骨骨折、左開放性骨折、全身打撲の傷害を負い、即日、医療法人盛全会岡山西大寺病院に入院したが、右傷害を原因とする尿毒症のため、平成八年一一月一二日、急性心不全を起こして死亡したことが認められる。

訴外人の右病状を考慮すると、訴外人の入院期間は一日あたり一三〇〇円の入院雑費が必要であったと認められるのが相当であり、入院していた三三日間の合計は右金額となる。

2  訴外人の休業損害 二六万〇七一八円

証拠(甲四、一七、原告本人)によれば、訴外人は、本件事故前、金市産業有限会社の専務取締役に就いており、役員兼従業員として経理を担当していたこと、同社の従業員は訴外人と原告の二名だけであったこと、訴外人は同社から月一五万円、年一八〇万円の収入を得ていたこと、訴外人は原告と二人暮らしであり、一日二時間程度とはいえ主婦として家事労働にも従事していたことが認められる。

ところで、有職の主婦、いわゆる兼業主婦の場合の休業損害算定においては、現実収入が平均賃金を超えるときは現実収入を基礎とし、現実収入が平均賃金以下のときは平均賃金の基礎として算定すべきであるところ、平成七年産業計、企業規模計、学歴計、六五歳以上の女子労働者平均年収額が二八八万三七〇〇円であって、訴外人の現実収入はこれを下回るのであるから、右平均年収額を基礎とし、入院していた三三日間の休業損害を求めると、右金額となる。

2,883,700×33/365≒260,718

3  訴外人の入院慰謝料 四八万円

前記認定にかかる訴外人の傷害の部位・程度及び治療経過・日数その他諸般の事情を勘案すると、訴外人の入院慰謝料は右金額とするのが相当である。

4  訴外人の死亡逸失利益 一六七七万二五二五円

(一) まず、訴外人は死亡時七五歳(大正九年一一月二五日生:甲六)の女性であり、本件事故に遭遇しなければ死亡時から平均余命一二年(平成七年簡易生命表七五歳女子)の二分の一である六年間は稼働することができたものというべきところ、いわゆる兼業主婦の場合、死亡逸失利益の算定においても、現実収入が平均賃金を超えるときは現実収入を基礎とし、現実収入が平均賃金以下のときは平均賃金を基礎として算定すべきであるから、前記女子労働者平均年収の二八八万三七〇〇円を死亡逸失利益の基礎として、生活費を三割控除し、就労可能年数六年間に対応するホフマン係数を五・一三三六として計算すると、訴外人の稼動分の逸失利益は一〇三六万二六三三円となる。

2,883,700×0.7×5.1336=10,362,633

(二) 次に、証拠(甲四、原告本人)によれば、訴外人は、厚生年金として事故当時年間九九万三六九四円の支給があったこと、右支給は訴外人の死亡により打ち切られたことが認められるところ、厚生年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合、同人は加害者に対し、生存していればその平均余命期間に受給することができた年金額について損害賠償請求権を取得し、その相続人は右死亡した者の損害賠償請求権を相続するものというべきである。

この点、仮に、原告が将来本件事故により遺族厚生年金を受給するのであれば、訴外人が生存していれば受給することができた年金額と原告が将来受給すべき遺族厚生年金額の差額が原告の損害というべきところであるが、本件では原告が将来遺族厚生年金を受給するという事実を認めるに足りる証拠はない。

そして、年金収入に対する生活費の控除割合については、年金収入そのものの額やそれに金市産業有限会社からの収入を加えた額等諸般の事情を考慮すると、三割を控除するのが相当である。

したがって、年間の年金支給金額九九万三六九四円を基礎として、生活費を三割控除し、七五歳の平均余命一二年間に対応するホフマン係数を九・二一五一として計算すると、訴外人の年金の逸失利益は六四〇万九八九二円となる。

993,694×0.7×9.2151=6,409,892

(三) 以上、訴外人の逸失利益を合計すると、その額は右4冒頭の金額となる。

5  訴外人の死亡慰謝料 二二〇〇万円

後述の本件事故態様その他前記認定の諸事情を考慮すると、訴外人の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、二二〇〇万円をもって相当と認める。

6  原告の葬儀費用 一二〇万円

証拠(甲五の1ないし3、原告本人)によれば、原告は、訴外人の葬儀を行い、金一八〇万円あまりを支出したことが認められるが、訴外人の生前の職業・地位等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害としては一二〇万円が相当である。

7  損害額の総額

以上より、訴外人及び原告の損害額の合計は四一八五万七四九五円となる。

二  事故態様ないし過失相殺

1  証拠(甲一、七ないし九、一一、一二、乙二、三、五、被告本人)によれば、以下の事実を認めることができる。

被告は、加害車を運転して幅五・一メートルの中央線のない市道を大多羅方面から松新町方面に向かい時速約四〇キロメートルで進行中、本件事故現場である交通整理の行われていない見通しの悪い交差点に進入するにあたり、徐行することなく、また進行方向右手に駐車中の車両に気を取られて左右の安全を確認することなく、右交差点に進入したため、左方道路から同交差点に進入してきた訴外人運転の自転車に気づくのが遅れ、左前方約八・五メートルの地点に接近して初めて右交差点に進入しつつある同車に気づき、急ブレーキをかけたが間に合わず、同車右側部に加害車を衝突させて訴外人を路上に転倒させた。

一方、訴外人は、自転車を運転して幅二・一メートルの中央線のない市道を富士見町方面から益野町方面に向かい進行中、本件事故現場である交差点に進入するにあたり、右方の安全を確認することなく、右交差点に進入し、右交差点を約二・五メートル進行した地点で本件事故に遭遇した。

2  右の事実によれば、訴外人にも過失が認められるところ、右本件事故の状況を考慮すると、過失相殺として原告の前記損害額の三割を減ずるのが相当である。

そうすると、原告が被告に対し本訴において賠償を請求しうる額は、次の計算のとおり、二九三〇万〇二四六円となる。

41,857,495×(1-0.3)=29.300,246

三  損害の填補

証拠(乙八ないし一〇)によれば、大東京火災海上保険株式会社は、訴外人の治療費九三万七五〇四円を岡山県国民健康保険団体連合会に支払ったことが認められ、右も訴外人の損害額から控除すべきである。

したがって、過失相殺後の原告の前記損害額から争いのない填補額及び右填補額の合計一八五四万四二一九円を差し引くと、残損害額は一〇七五万六〇二七円となる。

第四結論

よって、原告の本件請求は右限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

(裁判官 塚本伊平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例